2005年01月29日

大好きな仲間

昨日は、キャリナビで、活動期間を終える学生が、
この半年間で自分が何を学んで、気付いて、
これからどうしていくか、プレゼンをして、宣言をして、
修了していくという大切な会に出席していました。

今月修了していくのは7人。
ほんとに、みんなカッコよかった。
この半年間で、徹底的に自分と向かい合って、
これからの人生をどう生きていくか、
仮決めをして、宣言をして、この場を去っていきます。

今までの人生でずっと、殻を作ってしか人と接することが
出来なくて、暗い人生を送っていたという人が、
キャリナビに来て、“素の自分”に自分自身で初めて気付き、
自分の人生を自分のモノにしてしまい、
一瞬一瞬を楽しんで生きていく!と笑顔で宣言していったり。

ずっとぬかるみにはまって動けなかった人が、
自分は何に縛られて動けないのか、気付き、克服し、
新たな第一歩を踏んでいったり。

みんな、自分なりの決断をしたり、気付きを得て、
すがすがしく、自分で自分の人生を歩んでいきます。

私は、ほんとにここの仲間が大好きで、大好きすぎます。
みんなバラバラの大学で、東京に限らず関東いろんなとこから
集まった大学生が、偶然ここの場でつい半年前に出会い、
そして半年後には、かけがえのない仲間になって、
みんな自分の生き方を見つけたりして、去ってゆく。
ホントに、奇跡のような半年です。

みんな、一人ひとり個性がさまざまです。
でもそれは個性が強い学生がたまたま集まったわけではなくって、
この場は、自分の個性を、ありのままの自分を、
さらけ出しちゃっても、受け入れてくれる場なんです。
だから、普段はむしろ学校なんかでは目立たない学生たちが、
みんなここではありのままの自分を出してしまい、
各自が持っている個性がギラギラ光ってしまう。

だから、一人ひとり違ってよくて、
一人ひとり違う個性を、みんなで受け入れ合い、
いつのまにか、深いところでつながった“仲間”に
なれてしまっているんです。

私は、ここのみんなと喋っているときが、
一番元気な自分でいられる気がします。
ほんとに、いとおしいくらいみんなが大好きです。

みんなで一緒に悩んだり、
励ましあったり、
刺激しあったり、
学びあったり、
笑いあったり。
そして、半年が経ち、
一人ひとり、自分で自分の人生を仮決めして、
半年前とは全く違ったすっきりとした顔つきで、
気持ちよく「バイバイ」と去ってゆく。

今回、私は見送る立場だったわけですが、
修了していくみんなのカッコよすぎる姿を見て、
「私も、がんばらなきゃ。負けてらんない!」
と身震いがしそうになるくらい、刺激を受けました。

最後、駅で別れるとき、
「なんでこんなに仲良くなれたんだろうね?
 ・・・ほんとに、一緒にいれてよかった、ありがとう」
と、普段ありがとうなんて絶対言わないような、
かっこつけの男の子が、真剣な表情でまっすぐ目を据えて
言ってくれました。
心からの「ありがとう」の言葉って
こういうのを言うんだ、ってぞくっとするくらいでした。

さぁ、今まではみんなで一緒に歩んでこれたけど、
修了後は、各自一人ひとりが、自分で自分の道を切り開いていきます。
私たちは、馴れ合いの仲間では決してなくって、
久しぶりに会うときなんかには、ぴりっと心が引き締まります。
ここの仲間に会うときには、だれた姿の自分は見せらんないな、
と思うのです。だってみんなカッコ良く生きてるから、
私も負けてなんない、カッコ良く生きなきゃ!と思うのです。

私は、学生記者のみんなと違って、
インターンスタッフとしてこの場に関わっているわけですが、
私もスタッフを終了する際には、
第二の修了だと思って、カッコ良くこの場を去ろうと思います。
posted by yukky at 02:33| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感情への防御

今日はインターン先でまた怒られてしまいました。
いったい今までに何度怒られたかなぁ。
普段生活している分には、
あんなふうに感情的に怒られることなんて
まずありえないことだから、
たぶんこのインターンが終わったら、
人に怒られるなんてこともなくなるんだろうなぁ。

私がずーっと克服できないことは、
自分の感情を伝えることですね。
冷静な人に対しては、冷静に対応することが出来るんだけど、
感情的になっている人に対しては、どうしていいのか
わからなくなってしまう。
感情的になっている人は、たいてい一方的にがーっと
自分の意見を言うことが多いのだけど、
私はそういう人に対しては、すごく冷静になってしまい、
「それは間違ってる」とか
「私はそう思っていない」とか、頭の中ではいろいろ思うところがあっても、
感情的な人に感情的に返せなくて、
押されてしまい、何も自分の意見を言うことが出来なくなってしまう。

だから、結局自分の中で、消化不良のまま、納得できぬまま、
話が終わってしまうことが多くて、
それは両者にとって良くないことなんだよな。

わかってはいるけれど、どうしても克服できない。
無理してでも自分の意見を言おうとすると、
言葉の代わりに涙が出てきてしまう。
なんでなんだろう?

感情的になれる人はすごく好きだし、羨ましいなと思う。
だけど、反面、私はその感情に対して防御反応を示してしまう。
傷つきたくないだけなのかな?
自分は打たれ強い人間だと思っているけれど、
実は打たれ弱いからこそ、
防御を張って自分が感じるダメージを少なくしているだけなのだろうか?

う〜ん、わからない。
ほんとにこの点だけは、自分で自分のことが理解不能だ。
posted by yukky at 01:35| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月26日

成長率では負けない

最近、びびっと来たコトバ。
私が大好きな社会起業家さんが、キャリナビのインタビューで
言っていたコトバです。

「成長率では負けない」

今の自分は、うまく出来なかったり、
自分の力のなさを実感することばかりだけど、
あたしはまだまだ若者です。
今の自分を嘆く必要なんてないと思う。
だって、できない自分が、今のありのままの自分なんだから。
そこから何を学んでいくか、どう克服していくか、
1年後にどんな人間に成長しているか、
その可能性に、自分の未来に、大いなる希望を持とう。
「自分ができないこと」に気づけたことは、
「自分がこれから成長できるところ」を発見できたということ。

「成長率では負けない」
このコトバを合い言葉に、常に自分を成長させ続けよう。


関連して、以下のブログにもびびっときました。

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http://weblog.etic.jp/2005/01/post_7.html

人は、どうしても成功したがるため、
どうやるかという手段の話に焦点がいきがちです。
でもリーダーに真に求められていることは、
何をやるかを「腹を括って」決めることであり、
そしてそれを強固な意志で続けていくことだと思います。

「腹を括った」人は本当に驚く速さで成長します。
「腹を括る」ということは、ある意味で頑固になり、
また同時に柔軟性を持つことを意味します。
頑固であり、同時に柔軟性を持つというのは、
一見矛盾していることのように感じますが、
この2つを同時に持つことが、事業を育て、
組織を育てていく上では本当に重要です。

何に柔軟性を持つのか。
それは、手段に対するものです。

やると決めた(意志)のであれば、
どう到達するのかは全て手段になります。
だから本当に腹を括った人は、周りの意見を素直に聞きます。
それは、自分の頭で考えた手段にこだわるのではなく、
より早く、そして確実に目標に到達するために、
周りの人たちから謙虚に学ぶ姿勢を持っているからです。
(もちろん自分の頭で考え抜くことは最低条件ですが・・)

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なるほどなるほど。

先日、筑波大で、ソーシャルキャリア勉強会というものを開き、
コンサルタントの方から“How” と“What”の話をお聞きしました。
どうやるか(How)を論じる人はたっくさんいるけれど、
何をやりたいか(What)を持っている人は少ないらしい。

私は、“What”は、この1年くらいで、
だんだん見えてきました。
なぜそれをやりたいと思ったのか、
自分の小さな頃からの原体験が、どんどんつながってきて、
理由もわかってきました。

ただ、私には“How”がない。
まずは“How”がなければ“What”を実現できないと
悲観的に考えていました。

けれど、その方のお話を聞いたり、
このブログを読んだりして、思ったことは、
“What”があれば、“How”はあとからでも
付いてくるのではないか、ということ。
やっているうちに、たくさん失敗したり、
うまくいかないことにぶつかりながら、
きっとどんどん学んでいける。
成長していける。

だから、今の私に必要なのは、
Whatを「やってやる!」と「腹をくくること」。

そうだよ、私が5月にインタビューさせてもらった、
YOSAKOIソーラン祭りの創始者の方からも、
おんなじことを学ばせてもらった。
あの頃は、じゃあ私は何に対して腹をくくればいいのか、
わからなかった。

今なら、よっぽど見えている。
だから、あとは腹をくくるってことなんです。


ちなみに余談ですが、
ワタクシ、来年度卒業しないことになりました。
なんでそんなことになったかっていう経緯は、
とっても面白いので、ぜひ聞いてください(笑)
よいネタが出来ました。
大学事務局を徹底的に振り回しました★

てなかんじで、腹をくくれる環境は揃っているのです。
さて、あとはどう動くか。
posted by yukky at 23:56| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生活者の視点で

私は今、「むすびつくばムック」という冊子を作成しています。
つくば(と茨城)の市民活動やNPOの紹介冊子です。
学生は、こういった地域でいろいろ活動している人や団体のことを
知るきっかけがなかったり、つながるきっかけを持ちにくいのが現状です。
だから、学生の目線で、こういう団体を紹介し、
学生が関われる切り口を取材したりしています。

今日は夕方、“アサザ基金”というNPOの取材に行ってきました。
噂に聞いていた通り、代表の方はとってもステキな方でした。
会うと惚れ込んでしまう、という理由がわかりました。

「生活者」としての視点を大事にしたいと思いました。
生活って、その名の通り、寝たり、食べたり・・・普段の生活をすること。
どこからどこまでって切り離すことが出来ない、
生きることの一連の流れ。
自分の生活と切り離して、何か真新しいものを考えついたって、
それをどう自分や周りの人の生活のシステムに組み込んでいけるのか。

生活者の視点を大事にするということは、
全体の流れ、つながりを大事にするということ。
そして、自分自身を大事にするということ。

みんなすべてがつながっている。
生活すべてが自分自身のもの。
自分自身が、意思を持って、生活をしている。
自分の生活のことなら、自分のコトバでしゃべれる。
“他人のものをやっている”という人は、自分の人生なのに、
お客さん意識のままでいる人。

生活をしている中で、
当たり前のこと、いつも触れていることに、
価値を見出す。
その瞬間、「そうだったのか!」と、世の中が変わる。
それこそに価値がある。

生活者の視点で、生み出された価値は、
生活とかけ離れているものではないから、
価値を生み出すためには、生活現場でどんどん動く。

生活をしている中で、
自分も他人も、地域コミュニティの中でつながっていて、
そこに見えていなかった
“人と人との関係性”“モノと環境の関係性”など、
いろいろな関係性が価値になる。

すべてのつながりは、
基本単位に落としこめる。
国と国から、地域コミュニティと地域コミュニティのつながりへ。
生活者一人一人のつながりへ。

生活者一人一人の視点と、
全体を見渡す総合的な視点。

両者があるからこそ、
すべてにむすびつきが、つながりが見出せる。


ざっとこんなかんじのことをお聞きしましたが、
あの場に同席していない人にとっては、
何が何だかわかんないと思います・・
私自身が、自分のコトバで落としこめてないので。

とにかく、とても大きな視点、かつ身近な視点を
併せ持った方にお会いでき、
自分の考え方に自信がついたし、
新たな地域コミュニティへの視野が開きました。
posted by yukky at 00:57| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

今年のモットー

今年のモットーが、最近ふっと自然に涌き出てきました。

今年は、悩まず、くよくよせず、考え込みすぎずに、
動きながら考えるのだ。

明るく、楽観的に、とにかく何に対しても、
楽しもうという姿勢を忘れずに生きるのだ。

去年一年は、
“もう無理だ・・・どうしよう・・・”
と一人で重く考え込んで、逃げてしまいそうになることが
多かったのですが、

今年一年は、
“楽しもう、楽しもう、さてどうしよっか♪”
と、深呼吸して、自分で自分を楽しませていきたいと思います。

そう、来年が始まるときには、
「去年一年は、今までで一番楽しかった!」と
言えるくらいになっていたいです♪
posted by yukky at 23:42| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月07日

中高生のキャリア教育

今、私は地方の中高生のキャリア教育に興味を持っています。
私自身が、中高生のときに、触れ合う大人は
学校の先生と塾の先生と親しかいなくて、
その狭い世界の中で生きていて、
将来に対して、働くことに対して、大人になることに対して、
夢や楽しみを見出すことが出来なかったからです。

でも、目を向けてみれば、自分の身近なところにも、
夢を持って、日々仕事にやりがいを感じながら、
「毎日幸せ!」と生きている人は絶対いるんです。

「野球選手や芸能人の経歴、仕事内容はよく知っているのに、
 身近な仕事についてはまったく知らない。
 大企業は知っていても、地元の会社のことは知らない。
 そういえば父親がどんな風に働いているのかも知らない。
 そんなふうで自分が納得できる仕事選びなんて
 本当にできるのだろうか……。」
(キャリナビ書籍『天職の見つけ方』より)

この言葉、今の若者によくあてはまっていると思います。
ドキッとする言葉です。

私は今までに、たぶん60人以上のカッコいい大人の方の
インタビューやイベントに同席してきました。
アジアにまたがる大企業の社長さんを、超高層ビルの一室で、
スーツを着込んで取材したこともあれば、
自給自足の農家の方を、囲炉裏を囲み
あぐらをかきながら取材したこともあります。
学校の先生や、サラリーマン、まちのお菓子さん屋さんなど、
普段はあまり脚光を浴びない人だって、
話を聞いてみれば、実はいろんな夢や想いを持って生きています。
本当にいろいろな生き方と働き方があるって、日々実感してきました。
そうして、私の働くことへの価値観は広がりました。

私はこの“若者と大人が出会える仕組み”が
昔の私みたいな、地方の中高生にこそ、
提供されるといいなと思ってます。

そして、今、私はその想いを形にする第一歩を踏み出そうと
がんばってます。正確に言うと、がんばろうと決意した段階です。。。

第一歩のフィールドは、私が育った地元旭川になりそうです。
絶対に、旭川に戻って何かをするなんて嫌だと思ってました。
旭川で育ってきた自分のことが嫌だったからです。

なのに、なんていう運命のいたずらなのか、
旭川のある高校から、ちょうどキャリナビに講演依頼がやってきました。
最初は、「嫌だ・・・受けたくない・・・」と逃げたかったけど、
逃げない決心がつきました。

私が将来に希望を見出せずに育ったまち、
旭川の高校生に、私たちのメッセージを伝えに行き、
旭川の中高生を巻き込んで、カッコいい大人を発掘して、
一緒に取材をしに行こうと思っています。

協力してくれる中学・高校を探して、
協力してくれるカッコいい大人を探して、
“出会いの仕組み”を作ってきたいです。
なおかつ、オカネを出してくれる法人団体を見つけたいです。
地方だからこそ、オカネを持ってるところはよく見えます。
うちの代表が、名誉ある賞をいくつかもらっていることを
こういう時(だけ)は利用できそうです。

野望としては、日本中を周って、
足を使ってこの仕組みを全国に広げていきたいのです。
今はまだ提案段階ですが、実行プランに落としていきたいです。
そして自分が動きやすいように、環境整備もしなきゃです。
個人の視点でのやりたいことと、
組織として出来ること、目指すことを、
うまくマッチングしていくこれからの3ヶ月間になりそうです。
posted by yukky at 05:20| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分発信!!!

私がブログを書いているわけは、
自分で自分の考えを整理するためです。
つまり、自分のために書いてます。
だから、今までは人に読んでもらおうという意識が
あまりなくて、他人からしてみたらわけがわかんないで
あろうことを長々と書いてたりもしてたわけです。

でも、これからは、ちょっと人に読んでもらうことも
意識してみようかと思ってます。
なぜかと言うと、がんばってる友人知人のブログを読むと、
私も刺激を受けるからですね。
私も、自分がしてることを、発信していこうと思いまふ。
もしかしたら、私のブログを読んで、
誰かが何かを考えるきっかけになるかもしれないんだな、
そうなったら面白いな、と思い始めました。

とか言ってみるけど、やっぱり更新するのは大変だなぁ・・・
posted by yukky at 05:17| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月03日

私はどんな人に見えますか?〜最近の特徴〜

私は、自分が他人からどう見られているのかを
聞くことがとても面白くて好きです。
人によく「私ってどんな人に見える?」って聞いています。

過去ログには他人からの私の印象を聞きまくった結果が
載っている「私はどんな人に見えますか?」シリーズが
あるので、私に興味ある人は探して見てみてください(笑)

で、その趣味は相変わらず続いているのですが、
ここ3ヶ月くらいは、面白い結果が出るようになりました。
以前には誰一人からも言われなかったことなのに、
次々といろんな人から同じようなことを言われるようになったのです。

どう言われるようになったかと言うと・・・

「つかめない」
「何を考えてるかわかんない」
「ミステリアス」
「一緒に話をしていても、(私が)違う世界にいっているように
 感じることがある」
「本当に楽しんでるのかどうかわかんない」

などなどの結果です。

つまり「よくわからない奴」と思われてることが多々あるってことです。

以前にはそんなことを言われたことがなかったので、
なぜ最近急にそう言われるようになったのか不思議でした。

でも、そう言われたことで、
最近は、自分でも自分自身のことを制御できてない、
管理できてないかんじだったということに気が付きました。
自分が何を考えているのかを、自分自身が理解できてない状態だったんです。
どういうことかと言うと、何かモヤモヤとした“感情”が発しても、
その“感情”がどういう感情なのか自分で認識できない。
認識できないっていうのは、
言葉に変換できないってことです。
「あー私は今こう感じてるなぁ、こう考えてるなぁ」と
言葉に変換して認識できないから、
モヤモヤとした“感情”だけが残って、
自分で自分のことを理解しきれないまま終わる。

私にとって、「自分の気持ちを言葉に落とす」という行為は、
自分を理解するために、とっても大切なことなんです。

最近は、それが出来ていなかった。
きっと、自分と向かい合って、自分の気持ちを言葉に
落とす時間とエネルギーと余裕が足りてなかった。
このブログも更新できてなかったし・・・。

だから、自分自身ですら理解できてない自分なんて、
他人から見たら「よくわからない奴」になって当然かな、と思いました。
いや、こう思われる原因は、絶対他にもあると思いますが、
(人に心を開けてない、人の話に集中してない・・・etc)
一因としては、考えられるかなと思いました。

そして、私は自分自身のことを口頭で説明するのがとても苦手です。
「今、どんな活動してるの?」という質問に答えるのは超苦手です。
自己アピールなんて超超超苦手です。
だから、よっぽど根ほり葉ほり丁寧に聞いてくれる人じゃない限り、
自分のことや、自分が今やってることを人に全部話すことはまずないです。
聞かれても、気がつけばうまく避けてしまっています。

これって「自分のことを他人に理解してもらおう」という気持ちが
薄いんじゃないかと思います。
いや、気持ちはあっても、技術がついてこないだけなのかもしれない。
どちらにしても、これもまた、他人にとって
「よくわからない奴」になる一因になると思ったわけです。

「よくわからない奴」であることは、
「ちょっと近づき難い」「壁を感じる」と言う人もいれば、
逆に「興味が沸く」と言ってくれる人もいます。
なので、特に悲観的にも楽観的になることもなく、
とりあえず自然にこのままでいこうと思ってます。

またいつか、私の状態が変われば、
こんなふうには誰からも言われなくなってるかもしれません。
なので、これも貴重な時期だと思って、
今は今のままで、自分の流れのままに生きていきませう。
posted by yukky at 18:56| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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